吐 露 。

莚荊の日記。ゴミ溜めにも宝箱にもなるそんな場所。

小言

自分が大嫌いで変わりたいと思っている私にも変わらないものはある。


言葉を伝えたいという気持ちは初めてギターを手にして、ステージに立ったあの日から何も変わっていない。

弾き語りの頃、バンドをやってる今、なんてものに差異をつけることも無意味だと思うし、そんなことで差別化なんてして欲しくない。


あの頃の私はギターと歌で伝えたかった。
強い私を、強くなろうとしてるガキみたいな我武者羅を見届けて欲しかったから。
今は、歌と言葉を1番に伝えたくなった。
だから、苦手だったギターを置いた。
だけど、あの頃よりはギターを弾くの、楽しいよ。

嫌な言い方だなと感じるけど、弾き語りの頃出会った人達からあの人はバンドマンになったんだ、という目で見られることが多くなった。
もちろん、肯定も否定もしない。
他の人の考えることなんか分かりっこないから。
悔しくはないけど、虚しくて寂しくなった。

ただ私は今自分が伝えたい最大の手段がバンドだっただけなのに。
そんなことを考えて少し寂しくなってまた1人だなあってなる。

1人だからかっこいいとか集団だからいいとかそんな小さなものさしで測るのやめた。
私が私でよければいい。
結局昔の自分も今の自分も肯定してあげたいだけなんだ。


肯定してあげるまで、ちゃんと自分を許せるまで私は今私のやりたいことをやる。


はい、それだけ。ばいばい。

弱くなったのを人のせいにするな。

誰だって辛いでしょう?
誰だってしんどいでしょう?

重たい腰が上がらないことなんかいっぱいあるよ。

だけど、やらなければならないが押し寄せてくる。
やらなければならないとやれっていう気持ちが押し寄せてくる。

頭が割れそうだった。
やらなければがやりたいにならなかった。
やれがやりたいにならなかった。

昔より強くなった気がしていたのに、いつの間にか昔の自分に押しつぶされるくらいには小さくなってたみたい。

見栄を張っていたかった、笑っていたかったけど見栄を張る度馬鹿らしくて笑う度に気持ち悪くて吐き気がして苦しくて息が出来なくて生きた心地がしなくて泣いた。


ライブ中に泣くことなんかなかった。
悔しくて家とかお世話になってる人に泣きつくことは沢山あるけど、ステージの上では凛とした莚荊でいなければと思っていたから。

無理に凛としたいとか思ってないし、強く見せたいし強くなりたいし凛とした女になりたいから、だからステージではそれになりたかった。

だけど、そこには私の理想の彼女はいなくて、ただの悲劇のヒロイン気取った可哀想風な女しかいなかった。

ああ、本当にクソみたいだなあ。って自分が情けなくて余計に泣けた。

母親がライブある度に「頑張れ」ってメッセージくれてて、それが最近体調を崩してからか暫くなかった。
けど、今日は「頑張れ」があった。
それが私の原動力で、嬉しくていつも強くなれたのに、今日は無理だった。雑な返事しか返せなかったし、大好きな秋田ひろむさんの詞も今日は苦しかった。


自分のだす音が悲しかった、自分の歌詞が自分に突き刺さって抜けなかった。
今日のライブは全部自分を殺すために用意した一人舞台のような感覚だった。

お客さんが見てるのにダメだダメだってだけど、無理だった。
こんなに弱くなってしまっていたんだと。


孤独でもいい、ステージに立てば強くれるしみんな見てくれるからって思えてたのに。
ステージにたった瞬間ああ、ひとりぼっちだなって実感してしまった。


でも、もう負けない。ひとりぼっちにも孤独にも自分の弱いところにも。

あんな情けないライブしない。
莚荊は、針の莚はとてもいい音楽をしてるから。

どうか、そのまま愛していて欲しい。


どこにいるか分からない私を愛してくれる人達に願いを込めて。



おわり

浅はかだけどそこに確かにあったもの。


願えば叶う。思えば伝わる。

それが本当だとしたら、人間は行き交う人の声がうるさくて家から出たくなくなると思う。

いい願いも良くない願いも叶ってしまうから、誰かを思うことが怖くなると思う。

まやかしや幻想は抱くのは勝手だけど、それは心の中で処理するべきだ。でないと、都合のいいものに見えてくる。


去年一年、とても会いたい人がいた。
昔お付き合いしていた人。
人生でいちばん最低なことをしてしまった人。

会いたい理由なんて在り来りなやつ。
謝りたかった。
そんな感じの理由。

だから、地元に帰る度胸が苦しくなった。
歩く地面全てに思い出が大きな根っこみたいに絡みついて私の足を離してくれないから。


新しい年が発表されて、春っていう都合のいい季節が来て、
あの人と別れて三年くらいが経っていて。

「お元気ですか」

の言葉が痛く痺れた。


とても大人だったからあの人は。
私はあの頃より大人になれたのに。
やっぱりあの人には敵わなかった。

謝りたかった。のに、
私は謝れなかった。

今はこの喜びだけで生きてたい。


願えば叶うのはいつも誰かのおかげ。


おわり

笑って生きられるのには限度がある。

朝起きると頭が痛かった。
両方の奥歯も痛くて、外はお花見日和な快晴なのに。

昨日は比較的笑って過ごせたはずなのに歯ぎしりをしていたみたい。
昨日はそれほど不平不満を思わなかったのに、何だかしんどかったみたい。

人の不幸話とかよりも楽しい話とかの方が話題性もあるし、きっともうみんな忘れてるからサヨウナラを告げたい。

あの日の私ししか知らないように、私は今の貴方を知らない。

興味を持たれないってこんなに残酷なんだね。

流し見されるしかないネットに縋って生きてきた現代人の行く末はきっとネットに殺されるんだろう。
それも、誰も何も言ってない。
誰も何も言ってくれないから死ぬんだろう。

認められたい自己顕示欲の塊が自分で作り上げて自分で首絞めて自殺する。
そんなもんだろう。

そうなる前に、歯が欠ける前にちゃんと笑いたい。
認められるってこんなに苦しいけどやってきた道は正しかったと肯定してあげたい。

私だけじゃもう無理だから。
だから、きっと今日も明日も歯ぎしりをして眠るんだと思う。

いつでも思い出すのは人を馬鹿にするみたいに酒煽って笑ってばかりいるあの子のことだけ。

笑ってんなよ。うぜえな。


おわり

最近の生活のこと。


最近はもっぱらアクリル絵の具を片手に世界を塗り潰すことにハマってる。

形にできない私の空想を少しだけでも現実にできる気がして。

最近は、荒れに荒れた部屋を掃除して気持ちが少しだけ穏やかになった。
自分が勝手に積み上げた支払いも、少しは減ってきたのかなとも思う。

少し落ち着いたら小旅行でもしてみようかなとか。


最近は、私の世界がまた狭くなった気がする。

家の中でも外でも何故か周りが疎ましく見えてくる。


生活苦なんか話すもんじゃない。
お前の日常なんか興味無い。
あんたがどこのお偉いさんと枕交わしてたって興味無い。
あんたご今日バイト先の店長と寝たって話も気持ち悪い。

苦労なんか話したって誰も得しない。
だからみんな話さない。
話さないやつは1人で背負って死んでいく。
馬鹿みたいに喋るやつは知らずにのうのうと生きている。

そんなこと思い合うのが嫌になった。

辛いもキモイも楽しいも幸せも共有したいはずなのに。
そう思うことが、そう思われるのが嫌で仕方ない。


最近は、私が発信するものはもう「面白くないもの」にカテゴライズされている気がする。
だから、私の名前を見ても誰もクリック1つしない。
昔の私は、面白くなかったと今の私だったら思える。
皆、ずっと昔の私を見てるのかな。
今の私は最高に面白いよ。

あなたにとっての娯楽?嗜好品?苦痛?
なんだっていい。
なんにだってなれればいい。

早く腫れ物に触れて、私の毒牙にかかればいいのに。


最近は、洗濯物が少しだけ好きになった。


おわり

芸術が爆発しないもんだからキレそう

私の中のモヤモヤが、音楽をはじめて3年経つのに消えない。
消えないばかりか膨らみ続けてる。
いつだって私の頭の中は完璧でだけど現実はその完璧まで遥かに到達してくれない。

つい最近、まだ専門学校に行ってた時に使っていた今はWiFiでしか繋がらないipadを発掘した。その中のボイスレコーダーには私の右往左往が、それでも歩みを止めてない音があった。
昔の私は録音した自分の下手くそな歌とギターが嫌いで、先生に録音しなさいって言われたから録音しただけできっと当時は聞こうとも思ってなかった。
それがやっと3年目で笑いながら聴けるようになった。
明るく生きようとしてる自分が面白かったし、私にはポップカルチャーがとても似合わないと改めて思った。
きっとギターをはじめて1年くらいの録音も、下手くそすぎて笑えた。

その時出来なかったことが今出来てるんだと確信した。
あの頃の自分を笑い飛ばせて、今の私に任せとけって昔の自分に誇らしい背中を見せることが出来ていると。

きっと私の中のこのもやもやの先が本当の芸術で本当の愛で欲しいものなのかもしれない。
きっとあの頃のモヤモヤはとうの昔に爆発したのだ。
きっとあの頃より大きな爆発を期待しているのだ。

私はギターを持って歌い始めた。
だけどそれが私ではなくて、いや、それも私なんだけど。

私はこの胸の中にあるどきどきもわくわくも早く破裂させたくてさせれないから苦しくて。

だけど、そろそろなんだ。
そろそろ私の頭の中の革命とリアルがマッチするんだ。

“針の莚” は私の心の中の爆弾。
点火する準備は出来てるから、爆発させる。
私の心も貴方の心も。

あと2日。後悔させない。
私に興味が無い人にこそ見てもらいたい。

私はただの歌手になる。
それが、私の昔からやりたかったことなんだよ。


おわり

正しいのは誰かなんて知ってたら大概苦労はしない

 

私の曲の「正しいのは」のお話

 

変わりたくないなんて皆そうだよ。

変わっていくのが怖いなんてただの言い訳で、本当はそこにいる自分を認めてあげたいからだと思うの。

いつだってみんな自分がかわいいよ抱きしめたいよ愛されたいよ大好きだよ。

 

それでも変わりたいと願ってしまったの。

もう今の自分がつまらないから。もっと愛されたいから認められたいから嫌いだから理由は何だっていい。

花壇の隅っこに咲く真っ白い花は隣の赤や黄が羨ましかった。

私だって自分の色がほしいのに。誰かの目に入りたいのに。

けど、赤や黄は叫んでいた。何もなかった頃に戻りたいと。

赤が嫌いな人は黄が綺麗だと思いそのまた逆も。

いつだって世界は不平等だし、いつだってほしいものが与えられるなんて都合のいい話はない。

みんな目の前にある自分のないものばかりを欲していた。

白は気付けなかった、白は何色にも染まれるんだよと。

赤は知らなかった、誰よりも目を引くんだよと。

黄は嫌いだった、貴方を見ていると元気になれるという言葉を。

 

ほしいものはいつもすぐそこにあるのに私には与えられない。

あの子がいらないって捨てたものをほしいのにそれは与えてくれない。

なんて、かわいそうな私たちなんだろうと。

 

だけど花は知らなかった。

花は咲くから美しい。咲いていることが綺麗なんだと。

咲いていることが幸せなんだと。

それを全うし、綺麗に散らすことが花の役目だと。

 

散ることなんて誰も考えない。ただそこにある今だけを見てる。

それでもいつか散る。そこから目を背けてはならない。

 

だから、私は綺麗に散りたいと思った。

隣の花がどれだけ綺麗に咲き誇っていても、私には私の咲く場所があって色があっていつか散る役目がある。

それを綺麗だなあと言ってくれる人がいるのならとても幸せなことだと。

 

こんな夜中に脳みそを働かせたって分からない。

変わることと変わらないこと、どちらが正解かなんて。

結局は散った後のお話。

 

 

おわり